経済学

今日はマクロ経済学の試験だった。自筆ノートのみ持ち込み可狽セったから、朝起きてから必死で自筆ノート(?)を作った。テスト自体は結濠ネ単だった。でも…試験を受けた人はすごく少なかった。 なんで理系のぼくが経済学なんてものを勉強しようとしたかといえば、(ちょっと面白そうだったってものあるけど、)将来自分の持っている財産を守るために必要だと思ったから。銀行に預けたってつぶれるかもしれないし、家に置いておいたら価値が下がるかも(盗まれなければ金額は変わらないけど)しれない。だから、自分でそれらを判断できなくちゃいけないと思ったから。 そもそも、ニュースを見てたって、分かっているようで分かっていない事がめっちゃ多い。「減税」とか聞いたって、税金が減る事くらいは分かるけど、それでどんな効果がでて、今後どういう影響がでていくのかとなると分からない。これってやっぱ、分かっていないんだと思う。情報を得ているようで得ていない。こんなんだと、知らないうちに損してそう。 こういった類いの事を減らすには、ちょっとずつでいいからいろんな分野知ってた方がいいかも…。と、思った今日でした。

シケプリについて

うちの学校には、試験対策委員会(シケ対)制度というものがある。各科目には、試験対策委員というものが割り当てられ、その委員がその科目のまとめ(シケプリ)などを作り、クラスの人に配付する。(他のクラスの物を友人などを通じて入手し、配付する事もある。) さて、シケプリ=授業をさぼるためのもの。であるため、シケプリ=悪のように考える人もいる。はたしてそうか? 学校は、授業を受ける場所。という人もいるが、ぼくは何かを身につける場所だとおもう。おんなじじゃん?いやちがう。 別に、授業を受けなくても身につければいいのでは?と。授業は、自習するきっかけ。 そう考えると、シケプリは、授業に出るよりも短時間で同じものを身につける助けとなるものだから、時間を効率良く使う手助けになる。しかも、目的もしっかりと達せられる。これって悪者じゃなくない? 当然、試験対策のためのシケプリ(例えば、過去問解説とか、教官の特徴とか、試験に出るとこだけをまとめたものなど。)は、良くない。だって、これで勉強したら身につかないし。でも、良いシケプリはいいんじゃない?

スペースシャトルが空中分解した

昨夜、スペースシャトルが空中分解した。着陸嵐闔檮?5分前にテキサス州上空で分解、燃えた。テレビでは炎上するシャトルの映像が繰り返し放映された。 なんか、すごいショックだった。7人の乗組員が亡くなったというだけではないショックだった。何千人という優秀な技術者が努力しているというのに、それが大惨事を防げなかった。なんか、人間がそこまでの存在だって気がしたのかもしれないし、ある意味で科学技術の象徴みないなものを壊されたから科学の可能性を信じる者としてショックだったのかもしれない。 今後、原因究明が行われていって、きっと何らかの形での「人災」であることが明かになるだろう。ほとんどの運行がコンピュータによる管理であるスペースシャトルがほんの僅かな人間管理の局面を狙って事故を起こしている気がする。 そんなに、人間<コンピュータなのか? コンピュータの可能性を人一倍信じるぼくでも、やっぱりちょっと悲しい。 爆発したとき、20000kmph,高度60000mだそうだ。乗組員が、自分の力では何もできない状況。さぞかし、くやしい思いをしたことだろう。 科学の可能性を信じていた、亡くなった7人の乗組員の人達の冥福を祈ります。

日記を作った。

昨日の夜から今日の朝にかけて(徹夜)、友人K宅でモノポリー大会をやった。 モノポリーは楽しいゲームだが、運の要素が非常に強く、さらに途中からの大逆転がほとんどきかないという意味ではつまらないゲームだ。ま、一緒に遊ぶこと自体が楽しいんだからいいんだけど。 家にかえって寝た後、日記を作った。正確にいうと、「日記を書くためのホームページを作った。」自分としては、日記を書く事自体よりもこういったものを作る事の方が楽しいと思う。というか、日記が三日坊主になる人が多いのは、ぼくと同じような人が多いからだろう。(注意:三日坊主になるぞと宣言してるわけではない。) なんであっても自分の思い描いたものを作るのは楽しい。