携帯がSFに登場しないわけ
January 5th, 2006どうしてSFは携帯電話を予想できなかったのか?という記事が興味深い
確かに携帯が登場するSFをあまり見たことない気がするし、小学校低学年の頃に
「将来はみんな小さな電話を持ち歩いて、道ばたや駅のホームでも電話してるだろうなぁ」
とは思わなかった。
上記の記事に
周りがみんな持っていれば、本来自分は持たなくていいはずなのに、まさに周りがみんな持っているからという理由で、持つことが要求される
と書かれているが、個人的には「SFには個人個人が便利だと思う道具は登場するが、社会が必要とする道具は登場しない」という気がする。個人が便利だと感じない物は、未来(=今より便利な時代)を感じさせないから。
January 6th, 2006 at 6:40 pm
SFだと携帯電話じゃなくて時計型電話だよ~。結構登場したと思うんだけど、記憶違い?
January 6th, 2006 at 6:52 pm
見当違いなコメントしちゃったんで、もうちょい真面目に考察。
SFでは、宇宙だったり、原子力であったり、アルコロジーだったりが良く出てくるけど、サイバーパンク以前は「ネットワークによって論理的距離を縮める」という『概念』自体が存在しなかったんじゃないかなぁ。上の3つは既存のテクノロジーの延長線上としての空想であって、新しい概念を導入してるわけじゃないから。物理的尺度が一定であるとした上で、如何にその制約を克服するか。宇宙に行くのは物理的に広い領域を得るためで、それを手中に収めるために光速を超えるワープなんかが考案されて。
物理的距離の無効化っていう事実がが無線・有線技術の発展で突如登場したものだから、昔は思いもよらなかったんじゃないかな。
スペースコロニーや惑星移民計画なんていうネタは社会が必要とするものだと思うんで、SFは必ずしも個人が欲しいものだけには限定されないと思います。